灯台下暗し

みなさま、昨年4月から助教に着任しました濵田です。

2023年1月から2025年3月までアメリカのノースカロライナ州チャペルヒルに留学していました。記憶に残るエピソードはたくさんあるのですが、その中でも私の留学に大きく影響を与えた特に忘れられない出来事をご紹介したいと思います。

話は留学前に遡ります。大学院4回生の時、先輩の先生方からご紹介頂き、後に留学先となるKim labのwebインタビューが2021年9月にありました。そこで無事に受け入れが決まったのですが、当時学位論文の実験の追い込みの真っ只中で、留学準備を同時並行で進める必要がありました。先輩たちから情報を収集してTo doリストを作り、生活のセットアップ、留学先との慣れない英語でのやり取り、英語の勉強、奨学金の申請・・・とバタバタした日々が過ぎていきました。当初の渡航予定は2022年6月。何とかすべての準備がギリギリ整いそうになっていた、その時でした。

ここで、話はさらに遡ります。私の妻は2021年2月(当時、私は大学院3回生)に第2子を出産しました。妊娠・出産を経て体重が増え、その後元に戻っていく女性は多いと思います。妻も例外に漏れず、10kgくらい体重が増えました。しかし、その後もなかなか体重が減りません。私が見ている前では食事にも気を使い、ピラティスに通い、必死に減量に励んでいました。それでも結果が出ません。「きっと子育てのストレスで間食しているのだろう。でも指摘すると余計にストレスになりそうだし、そっとしておこう」と、すっかりふくよかになった妻をただただ見守っていました。こちらも自身の研究の追い込みと留学準備で忙しく、そんな妻の様子に深く気を配る余裕もありませんでした。本人も太ってしまった自分をネタにしている始末で、私もさほど気に留めず月日が過ぎ、気づけば妊婦のときのようなポッコリお腹になっていました。

しかし、出産後から不思議な症状がいくつか現れていました。物が歪んで見えたり、四肢に身に覚えのないあざが時々出現したりしていたのです。よくよく考えると、顔はまん丸でお腹はポッコリ・・・「これってまさか・・・。」

そのまさかでした。妻はCushing症候群と診断され、CTで副腎腫瘍が見つかったのです。2022年5月に検査入院、6月に手術を受け、術後はステロイドの補充療法が開始されました。術後は急激なステロイド量の低下による体調不良が続き、数値が落ち着くまで留学は保留となりました。あれほど落ちなかった体重はみるみる減少し、今度は元の体重を下回ってガリガリになってしまいました。その後ステロイドの量を徐々に減量し、体調もだいぶ安定してきたとことで、手術から約半年後の2023年1月に無事家族そろって渡航することができました。留学中もステロイドは少量で内服をしていましたが、幸い大きな体調不良なく過ごすことができました。妻の治療に関わって頂いた先生方には深く感謝を申し上げます。

この話には後日談があります。留学中に家族でカナダやメキシコなど隣国に旅行に行く機会がありました。その入国審査でのことです。審査官が怪訝な顔をして妻の顔とパスポートを見比べています。そして、手招きされ、妻とともに別室へ誘導されてしまいました。パスポートの写真は妻が治療を受ける前のもの。すっかり痩せた妻の顔を空港のAI(顔認証システム)は「別人」と判定したのです。これを審査官に英語で説明するのは私の役目です。「病気が治って激痩せした」という一見矛盾した説明に、審査官の不信感はなかなか消えず、納得してもらうまでに長い時間を要しましたが、最終的にはなんとか審査を通過できました。ここから得た教訓として、Cushing症候群の術後の患者さんには、海外旅行前にパスポートの顔写真を更新しておくことを強くお勧めします。

妻は一生懸命ダイエットに励んでいたにも関わらず、全然体重が落ちないことに違和感を抱いていたようです。ですが、私は「ただ努力が足りないだけじゃないか」と思っていました。本当にごめんなさい。

この一件で私の家庭内での「医師としての信頼」は地に落ちました。同時に自分の専門分野の疾患をこれほど身近なところで見逃し続けていたことに、自分自身の医師としての自信も地に落ちました。日頃、患者さんを診る時に「よくこんなになるまで放っておいたな」と思ってしまうことがあります。しかし、「毎日少しずつ変化している当事者ことっては、異常に気づくのがいかに難しいか」、ということを、身をもって痛感しました。

皆さんも身近な人の些細な変化を見逃さないように気を付けて下さいね。さもないと、私のように一生ネタにされます(笑)

(※今回の話を公表することに関しては、妻の同意を得ておりますのでご安心下さい)