一般の皆さまへ あつかう主な病気

前立腺がん

はじめに

はじめに

前立腺がんは白人男性では最も多いがんで本邦でも食事の欧米化に伴い増加しており、最近は毎年、男性のかかりやすいがんの3位以内に入っています。前立腺がんのリスクファクターとしては年齢、家族歴、高脂肪食、焦げた肉などが知られています。特に家族歴は重要で、父親や兄弟などに前立腺がんの方がいる場合、前立腺がんに罹患するリスクは2倍になると言われていますので、心当たりのある方は是非早めに一度前立腺がん検診を受けることをお勧めします。

検査と診断

検査と診断

どんな検査が必要ですか?

前立腺がんの検診は血液検査と直腸診で行います。血液ではPSAという、前立腺がんに特有の項目を調べます。PSAは前立腺がん以外に加齢、前立腺肥大症、前立腺の炎症等でも上昇しますが、がんでは他の原因による場合と比べて右肩上がりに上昇します。また、前立腺がんの一部はPSAが正常値のこともありますので肛門から指で前立腺を触診する直腸診も大切です。血液検査と直腸診で前立腺がんの疑いがある場合には前立腺生検を行います。

前立腺生検ってどんな検査ですか?

前立腺生検とは、前立腺の組織を採取して前立腺がんの有無を調べる検査です。最近は前立腺生検の精度を高めた生検の適応を判断するため、生検前にMRI検査を行っています。ただし、前立腺がんの中にはMRIで検出できないものもありますのであくまでも補助的な検査です。前立腺生検の適応は担当医が総合的に判断しますのでお気軽にご相談ください。
前立腺の針生検では前立腺に12か所から20か所の針を刺して前立腺の組織を採取します。当科ではこれまで初めて生検を行う患者さんには肛門から針生検を行う経直腸前立腺生検を日帰りで行ってきました。また、初回の前立腺生検でがんが検出されなくてもその後もPSAが上昇するなど前立腺がんが強く疑われる患者さんでは全身麻酔下に会陰から生検を行う経会陰前立腺生検を行ってきました。2018年秋からは新たにMRIと超音波の画像を融合させて高精度な生検を可能にする最新機器「BioJet(バイオジェット)システム」を導入し、希望される患者さんには先進医療として全身麻酔下に1泊入院で検査を行っています。

前立腺がんと診断された後に必要な検査は?

前立腺がんの診断がついた患者さんではがんの拡がりを調べるための画像診断を行います。一般的には骨シンチ、CTが用いられますが、海外では前立腺がんに特有のPET検査(PSMA-PET: 日本で一般的に行われるPET検査とは異なります)が行われることが増えています。残念ながらPSMA-PET検査は本邦では受けられませんが当科では放射線診断科と共に本邦でも使えるPSMA-PETの開発、臨床研究を進めています。

「治療」及び「予後と療養」

「治療」及び「予後と療養」

転移のない前立腺がんの治療

転移のない前立腺がん患者さんの治療は 1)監視療法
2)手術
3)放射線治療
の3つに大きく別れます。

前立腺がんの一部は悪性度が低く、治療をしなくても生命に影響しないことが知られています。手術、放射線いずれも良い治療ではあるのですが、後遺症が全くゼロではありませんので、監視療法は最も低侵襲な治療と言えます。当科でも監視療法の適応となる患者さんについては積極的に監視療法をお勧めして過剰治療とならないよう心掛けています。

一方、治療をしないと将来的に生命に関わるような前立腺がんでは手術または放射線治療を積極的にお勧めしています(一部、超高齢の方や重篤な併存疾患のある方ではお薬による治療をお勧めすることもあります)。手術と放射線治療についてはがんの拡がりによってどちらがより推奨されるかは異なりますし、後遺症等も違います。当科では通常の泌尿器科外来における診療以外にがん診療部で放射線治療科と共に前立腺がんユニットを開設しており、泌尿器科医と放射線治療医の両方から治療について説明を聞いて納得したうえで治療を受けて頂く機会を設けています。

前立腺がんの手術はda Vinci surgical system(ダビンチ サージカルシステム)という手術支援ロボットを用いて行います。当院では2012年よりロボットを用いた前立腺癌の根治術を開始し、豊富な経験のもと安全で後遺症の少ない手術を心掛けています。2017年からは最新機種のda Vinci Xiを導入し、手術の質や安全性はさらに向上しています。詳しくは当ホームページのロボット手術の説明をご覧ください。

前立腺癌の放射線治療には外照射、小線源治療、重粒子線治療などがありますが、当院では強度変調放射線治療(IMRT)を行っており、大変良好な治療成績を挙げています。これまでは約2か月間かけた治療を行ってきましたが、最近はより短い期間での照射(寡分割照射)も一部の患者さんで可能となりました。詳細については担当医にお尋ねください。

転移のある前立腺がんの治療

転移のある前立腺がんの治療の基本は男性ホルモンを抑えるホルモン治療になります。以前は前立腺がんは転移してしまうと手術や放射線治療の効果は期待できないと言われていました。しかし当院では骨盤内リンパ節転移のみの患者さんでは以前より積極的にホルモン治療に放射線治療を併用しており比較的良好な治療成績を挙げています(最近では世界的にも骨盤内リンパ節転移のみの症例では放射線治療を行うことが標準的とされています)。さらに、最近ではリンパ節転移以外に転移がある場合でも転移の個数の少ない患者さんの一部では泌尿器科医と放射線治療医の十分な検討のうえで放射線治療をホルモン治療と併用することがあります。

一方、ホルモン治療は両側の睾丸を摘除する手術的な去勢術と皮下注射で男性ホルモンの産生を抑える内科的去勢術があり、最近ではほとんどの患者さんが注射薬による治療を受けています。前立腺がんの9割以上は少なくとも一旦はホルモン治療で縮小しますが、半年から数年でがんが去勢状態に適応することで薬が効きにくくなり、がんが再増殖してきます。これを去勢抵抗性前立腺がんと言います。去勢抵抗性前立腺がんに対してはより強力な抗ホルモン剤であるエンザルタミドやアビラテロンといった薬やドセタキセル、カバジタキセルといった抗がん剤が使われます。また、骨のみに転移している患者さんの一部では骨だけを標的としたアルファ線治療が行われます。さらに最近は特に進行が早いと思われる前立腺がんに対して従来は去勢抵抗性前立腺癌になってから使われていた強力な抗ホルモン剤を治療開始時から使い、治療成績の向上を目指しています。

これらの薬剤の使い分けには高度な専門的知識が必要ですが、当科では独自の治療アルゴリズムを作成し、最先端の研究成果も踏まえた個別化治療を提供しています。また、最近では患者さんの体質やがんの性質を遺伝子レベルで調べ、それぞれの患者さんにあった治療法を選択するがんゲノム医療も行われるようになりました。当院はがんゲノム中核拠点病院として前立腺がんでも積極的にがんゲノム医療を推進しています。転移性前立腺がんの治療は日々進歩しており新しい薬剤の治験も始まっていますが当院はこれらの治験にも積極的に参加して患者さんが本邦で未承認の薬剤の治験に参加する機会も提供しています。詳細は担当医にお問い合わせください。

当院での前立腺がん診療の主な特徴

当院での前立腺がん診療の主な特徴について

MRI・超音波融合生検を用いた正確な診断

前立腺がんの有無を確定するためには原則前立腺生検を行います。当院では2018年6月からMRIと超音波検査の融合画像に基づく前立腺生検(以下MRI fusion生検)を行っています。腫瘍マーカーのPSA値が高い患者さんでは生検前にMRI検査を実施し、生検時に超音波画像とMRI画像をリアルタイムに融合させて、癌が疑われる領域をターゲットとして生検する方法です。当院では2023年3月までに約254例にMRI fusion生検を施行し、ターゲット部位からの臨床的に意義のある前立腺がんの検出率は60-70%であり、MRI画像を融合しない従来の前立腺生検と比較して検出率が向上しています。
一方MRIで明らかに前立腺がんを疑う病変が認められない場合、症例によっては不要な前立腺生検を回避することにも努めています。

3機種のロボットによる最適な前立腺がん手術

保険診療認可前の2011年に諸施設に先駆けてロボット支援下腹腔鏡手術を導入しました。2023年3月までにロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術を614例に実施しています。

  1. 特徴① 3機種のロボットが使用可能です。

    2011年からda Vinci surgical system(ダビンチ)を用いて手術を行ってきましたが、2022年12月から日本製のhinotori surgical robot system(ヒノトリ)も導入しました。さらに2024年2月からはメドトロニック社の最新手術支援ロボットHugo RAS system(ヒューゴ)による手術も開始いたします。3機種のロボットを使用し、手術までの待機期間を最小限に留めるように努めて参ります。

  2. 特徴② 開腹手術と比較して侵襲が低く安全な手術です。

    開腹手術では臍下から恥骨上まで約8-10cmの皮膚切開を行いますが、ロボット支援下手術では6カ所に5mm-1cmの切開を行って手術をします(そのうち1ヶ所は最後に前立腺を取り出すために3cmほど切開します)。開腹手術と比較して体への負担は軽いうえ、出血量も少なく、これまでに手術中に輸血を行った例はありません。さらに当院にはロボット手術のプロクター(他施設での手術指導を行うことが出来るスペシャリスト)が複数名在籍しています。

  3. 特徴③ 優れた制癌性を示しています。

    手術後は一般的に腫瘍マーカーのPSAを定期的に測定し、数値が0.2 ng/mLを越えたらPSA再発と定義します。当院で2020年12月までにロボット支援下手術を行った543例のうち、PSA再発した患者さんは約20%です。さらに診断時のPSA値、画像所見、前立腺生検結果を元に3つのリスク(低・中・高)に分類したときのPSA再発率を下図に示します。高リスク群に分類された患者さんにおける術後10年間でのPSA再発率は40%弱です。しかしPSA再発後もPSMA-PET(後に説明)などの画像検査で転移・再発病変を正確に評価し、薬物治療や局所や転移巣への放射線治療などを施行しています。その結果生存率は99.56%で、リスク群間での差はありません。

  4. 特徴④ リンパ節郭清により正確な病期診断を行っています。

    限局症例(リンパ節や他臓器に転移をしていない)のうち、病理学的(顕微鏡レベル)にリンパ節転移のリスクの高い患者さんに対しては前立腺の近くにあるリンパ節も同時に郭清し、正確な病期診断を行っています。

  5. 特徴⑤ 術後の尿失禁に悩まないよう、手術方法を工夫しています。

    前立腺がん術後の最も大きな合併症として尿失禁が挙げられます。尿失禁の予防や早期回復目的として前立腺の両側に走行している勃起神経を温存する手段があります。当院では制癌性を損なわない範囲で積極的に神経を温存し、これまで約80%の患者さんに対して両側または片側の神経を温存しています。術後3ヶ月時点で約70%の患者さんが尿パッドの使用なし、もしくは1枚以下に抑えられています。また我々はさらなる尿失禁予防のため、症例によっては前立腺周囲の剥離を最小限に留める術式(レチウス腔温存)も行なっています。

放射線治療の治療期間短縮を実現

限局性前立腺がんの根治治療には手術以外に放射線治療もあります。当院では強度変調放射線治療(IMRT)にて膀胱や直腸といった周囲臓器への合併症を軽減しながら根治性を高めています。また寡分割照射によって、照射回数は15回、治療期間は3週間です。中間リスク以上の場合は短期間(多くは6ヶ月)のホルモン治療も併用します。放射線治療に興味がございましたら担当医にお問い合わせください。
IMRTを用いることで膀胱や直腸への線量を低下させ、安全に治療を施行することが可能になりました。また、当院では腫瘍部分への線量を増加させることで、副作用を増やすことなく治療成績を向上させることを図っています。治療期間は従来の通常分割照射から寡分割照射に変更することで8週間から3週間に短縮しており、さらに放射線治療前に金属マーカーやスペーサーを留置するといった処置を行わないことで、低侵襲での治療を提供しています。

放射線治療は限局性前立腺がん以外に、前立腺周囲へ浸潤を伴う症例やリンパ節転移のある病期の進行した症例にも行ない、良好な治療成績を示しています。また骨転移症例では、緩和照射に加えて、体幹部定位放射線治療を用いた準根治的な強度の高い治療も行っています。

複数の専門医が多方面から前立腺がんを診療

多種多様化する前立腺がん診療に応えるためには、複数の専門医が科の垣根を越えて緊密な連携を保ちながら、客観的で迅速な診療を実施しなければなりません。我々は他科や他施設に先駆け2003年に前立腺がんユニット外来を開設し、毎週水曜日に泌尿器科医と放射線治療医が合同で診療に当たっています。詳しくはこちらの広報131号もご覧ください(https://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/outline/pdf/koho131.pdf)。

また他院から紹介受診された患者さんが持参された画像や病理標本は、当院の放射線診断医や病理診断医と再度評価し、治療方針を決定します。

泌尿器科医と放射線治療科医とのユニットカンファレンス(毎週水曜日)

泌尿器科医と放射線診断科医との合同カンファレンス(毎週火曜日)

泌尿器科医と病理診断科医との合同カンファレンス(毎週水曜日)

再発・転移病変を正確に検出できる最新の画像検査PSMA-PETを導入

当院では2023年11月より68Ga-PSMA-11を用いたPSMA-PET検査を開始しました。PSMAとは前立腺がんの細胞膜表面に高頻度で発現している膜タンパクで、このPSMAをターゲットにしたPET検査で、体のどの部位に前立腺がんが存在するか判断することができます。治療前評価から進行症例までのさまざまなステージにおいて有用ですが、特に手術あるいは放射線治療といった根治治療後のPSA再発において有用性が高く、従来のCT、MRI、骨シンチグラフィでは同定することのできない微小な病巣も検出する可能性があります。さらにPSMA-PETで早いうちに局所再発や微小な転移が検出された場合は、それらに対して放射線治療などの局所治療を行うことで再度「完治」を目指すこともできます。
現在欧米やオセアニア諸国では前立腺がんの転移巣検索にPSMA-PETがさかんに用いられていますが、残念ながら日本では保険診療としては認められておりません。そこで当院では放射線診断科や放射線治療科と協力し、日本で初めて自己負担で検査を実施することができるようになりました。ご興味がございましたら、担当医にお問い合わせ下さい。

放射線治療後にPSA再発した前立腺がんの患者さん
PSMA-PETのみで腰椎に転移(右写真の赤矢印)が認められ、同部位に放射線治療を施行したところ、PSAが顕著に低下した。

転移のある患者さんには一人ひとりに最適な薬物治療を提案

転移のある前立腺がんに対しては薬物治療を行います。薬物療法には、男性ホルモンを抑える治療(定期的に皮下注射する方法もしくは両側睾丸を摘出する方法)に加えて、近年、アンドロゲン受容体を強力に抑える内服薬(ザイティガ、イクスタンジ、アーリーダ、ニュベクオ)、抗がん剤(ドセタキセル、ジェブタナ)、骨転移に対するアルファ線治療(ゾーフィゴ)、遺伝子異常を有する患者さんに対する薬物治療(リムパーザ、キートルーダ)、といった多種多様な薬剤が登場しています。これらの薬剤の使い分けには高度な専門的知識が必要であり、当院では転移性前立腺がんの転移量や部位、癌の悪性度などを元にしたリスク分類を構築しています。患者さんの該当するリスク毎に、薬剤の特徴を生かした最適な併用療法を提案します(下図を参照してください)。
一方、ホルモン治療によって癌を小さくすることはできますが、残念ながら完治させることはできません。ホルモン治療を長期間継続すると、骨塩量の低下、糖尿病や心血管疾患を発症するリスクなどが上昇します。そこで当院では骨盤内リンパ節のみに転移がある患者さんには放射線治療を併用した根治治療を行ない、ホルモン治療の投与期間は約2年と設定しています(最近では世界的にもこの併用療法も標準治療と位置づけられています)。また骨盤内以外のリンパ節や骨に転移のある患者さんで転移量が少ない場合も、原発巣や転移巣への放射線治療と薬物療法(後に記載)を組み合わせることで「完治」を目指しています。その場合の薬物療法期間は約2年6ヶ月です。

エキスパートによるがんゲノム医療も積極的に実施

ホルモン治療や抗がん剤治療などが効かなくなった(もしくは治療の終了が見込まれる)患者さんには「がんゲノム医療」も積極的にご提案しています。がんゲノム医療とは遺伝子異常に基づき、患者さん一人ひとりの体質や病状に合わせて治療などを行う医療です。同じ前立腺がんでもがん細胞が持っている遺伝子異常は患者さんごとに違いがあります。がん細胞が持つ多種多様な遺伝子異常を「がん遺伝子パネル検査」で調べ、効果が期待できる薬剤・治療法がある場合には、臨床試験などを含めてそれらの適応を検討します。
がん遺伝子パネル検査は、厚生労働省の指定を受けた病院でしか受けられません。当院は全国に13カ所のみ指定されている「がんゲノム医療中核拠点病院」であり、毎週火曜日に当院腫瘍内科が中心となってエキスパートパネル会議を開催し、当院および20の連携病院のがん遺伝子パネル検査の解析結果を検討しています。当科からも3名が会議に参加し、前立腺がんなどの泌尿器系悪性腫瘍の遺伝子解析結果や治療方針に対して意見を述べています。これまでに約100例の前立腺がん患者さんの結果を検討し、DNA修復遺伝子のPARP(パープ)をターゲットにしたリムパーザ、あるいは免疫チェックポイント阻害剤のキートルーダを用い、優れた治療効果を示した患者さんもいらっしゃいます。